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ほぼ年1更新ブログ。

2018年鑑賞映画総括

皆様いかがお過ごしでしょうか。年一更新ブログです。

2018年は何と言ってもMCU危機の年、サノス猛襲、ジェームズ・ガン降板、スタン・リー逝去、さらには若おかみの正体はヴェノム等々、何かと話題に事欠かない一年でした。そんなインターネットの盛り上がりを横目にしつつ、僕自身はと言えば日々に忙殺されてました。はい。

今年は邦画の当たり年だったようですが海外暮らしの都合どうにもならず。『万引き家族』『孤狼の血』『怒り』『若おかみは小学生』『リズと青い鳥』どれも見たかった。また洋画で『ファースト・マン』を見逃したのが痛かったです。

それはさておき毎年恒例映画ベスト記事ですよ。過去分はこちら↓

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■映画鑑賞本数&総合ベスト10

新作:37本
旧作:13本
合計:50本

新作週一で見たいと言っときながらこのざま。そして2018年個人ベストは以下の通り。

1. カメラを止めるな!
2. へレディタリー/継承 (Hereditary)
3. フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法 (The Florida Project)
4. ア・ゴースト・ストーリー (A Ghost Story)
5. インクレディブル・ファミリー (Incredibles 2)
6. First Reformed
7. アナイアレイション -全滅領域- (Annihilation)
8. Upgrade
9. アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング (I Feel Pretty)
10. アントマン&ワスプ (Ant-Man and the Wasp)


■各作品へのコメント

● 1. 『カメラを止めるな!

年の瀬にようやく見れました。事前情報から本作を「映画愛を全面に押し出した映画」だと思い込んでいたのですが、実際にはそんなまる出しの作家主義ではない、一回勝負の映画制作にアートとエンターテイメントとプロフェッショナリズムを詰め込んだ万人が楽しめる映画でした。

やれ脚本に穴がある、あの俳優を出せ、なんか面白くない。観客はいつだって無茶をいう。現場の苦労も知らないくせに。とはいえ作り手側も作り手。「愛があれば粗くて仕方ないよね!」「ここは見逃してくださいね!」と、低予算や自主制作の立場に甘んじた作品も少なくない。いいやそうじゃないだろう。一回こっきりの映画制作なんだ。その困難も奇跡も丸々ひっくるめて皆で撮りあげてやろうぜ。本作からはそんなプロの気概が画面に満ち溢れていて頼もしい。

あの37分ワンカット映像だけでも賞賛ものですが、そこで終わらせなかったのが見事ですよね。一見奇をてらった構成に見えて、あれがなければただの映画ファン向け映画で終わっていた。より普遍的なものづくりのドラマにフォーカスしたからこそ、本作は誰もが楽しめる娯楽作品と映画賛歌を両立できたのだと思います。

見ている間とにかく楽しかったし、不思議とまた見たくなる映画。ぜひ皆さんも見に行ってください。


● 2. 『へレディタリー/継承 (Hereditary)』

ジャンル映画がしばしば先鋭化か陳腐化の二極化しがちである中、本作は古典的な演出表現を完璧とも言える出来で継承した大変見応えあるホラーでした。

女家長の死後、ある一家に降りかかる恐怖と暗い秘密。屋敷と狂気と謎と謎という映画の大枠、名作の引用がクラシックなホラーを思わせる。『ローズマリーの赤ちゃん』との類似点が指摘されていましたが、個人的にはキューブリック版『シャイニング』を思い出しました。とりわけ母親役のトニ・コレットが凄まじく、抑えた演技も吹っ切れた演技のどちらもやばかった。

またJホラーの影響が大きく、居心地の悪い正面構図と人の輪郭も隠れてしまう暗闇が印象的でした。視界の片隅を通り過ぎる影がそれらしいなと思っていたのですが、目が潰された息子の写真がそのまんま『女優霊』のオマージュであるのは人に言われるまで気づきませんでした。

前半の不気味な演出に比べると終盤には飛躍した所があり、そこで本作の評価が変わってくると思います。神を冒涜する者どもに抱く恐怖というのは、非キリスト圏を生きる観客にとって理解し難いもの。それでも理解を超えた展開に背筋がゾクゾクしました。いやはや怖かったです。


● 3.『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法 (The Florida Project)』

ロードサイドに立ち並ぶ安っぽいパステルカラー、駐車場を駆け回る子供達、モーテルに住まう親子の日々を綴る本作は、日本でいえば団地ノスタルジーに近い部分もあるといえ、リーマンショックを背景にした貧困があるという点で決定的な断絶があります。

彼らのモーテルは言わばロードサイド貧乏長屋。駐車場が中庭がわりで住人達が互いを何となく見知っている。気づけばいつの間にか誰かがいなくなっている。その風景が子どもたちにとっては世界のすべてであり、つばの飛ばしっこだとかイタズラだとか物乞いだとか、そんなものを楽しみながら日々をどうにか生きている。彼らの思い描ける一番遠くがディズニーランドであることが切なくて、だからこそそんな現実をひとっとびするラストが鮮烈でした。映画の魔法というものはまさに本作のためにある言葉だなと。

またウィレム・デフォーが演じるモーテルの管理人がいい味出してました。厄介な住民にも厳格に対応しなければならないでしょうに、結局主人公親子をズルズル手助けしてしまう。社会システムの不備を人間が埋めるのは本来あってはならないことですが、実際世界はそうした優しさやお節介に救われているのでしょう。だからこそ“Have a good day!”という彼の何気ない挨拶が印象的でした。そういう一言を大事にしたいものです。


●4.『ア・ゴースト・ストーリー (A Ghost Story)』

事故で命を落とした男が幽霊となり恋人と住んだ家を見守り続ける。幽霊が出るといえ本作はホラー映画ではないのですが、死後の時間が全編通して独特の演出で映されており、そこにそら恐ろしさと一抹の物寂しさがありました。

本作を最も特徴づけるのは正方形の画面。通常映画のスクリーンは横長で、上手から下手を意識した画づくりが行われる。進行方向が主人公の感情を表し、その反対には敵対者が配置される等、感情や人間関係が構図に表されます。劇映画特有のダイナミズムとはイベントの契機から生まれ、横長の画面がその出入りを促すものとしてある。ところが本作ではその余白が切り落とされている。それにより強調されるのは心霊写真にも似た無時間的な感覚ではないでしょうか。

たとえば恋人の死後延々と飯をかき込む女のシーンでは、被写体の変化が長回しと奥行で映されていた。その一方で、白い布の幽霊は恋人が去った後、変化する風景の中を変わることなく留まり続けていた。別の一家が移り住み、家が取り壊され、高層ビルが建てられる、その後も、その前も……。被写体そのものが持つ時間の流れをとらえると同時に、断片的で主観的な時間を映像の中に成立させること。一見矛盾するその時間感覚を映像化するために、本作では正方形の画面が選ばれているのだと思います。

私たちは何故この映画に惹きつけられるのか。その問いに答えるとすれば、私たちの生きる時間がまさにそのようなものだから、としか言いようのない気がします。劇映画のようにエンディングはない、連綿と続いているようで、気づかぬうちに風景は少しずつ変わっていく。僕達もまた記憶の残滓の間に漂う名前のない幽霊なのかもしれません。


● 5. 『インクレディブル・ファミリー (Incredibles 2)』

縦横無尽な能力バトルにレトロなガジェット、キャラの表情からドタバタまで。進化したCG表現が目に楽しい本作はとにかくアクションコメディとして最高の出来で、最後まで画面を食い入るように見つめてました。とりわけ今作のヴィランであるスクリーンスレイバーがクールでした。メディア越しにスーパーヒーローに挑戦状をふっかける劇場型犯罪者で、よくよく考えるとMCUにはなかったタイプの悪役の気がします。

スクリーンスレイバーはスーパーヒーローを憎んでるのですが、彼らを特別視しているという点において、スーパーヒーロー愛をこじらせた前作のヴィラン・シンドロームと全く同じなんですよね。彼らが囚われているのはスーパーヒーローという強大な個が力をふるう世界観。しかしながらそれはインクレディブル一家のボブ自身が囚われていたものでもある。だからこそ本作は彼が主夫業を通じて“スーパー”の意味を見つめ直す話となる訳です。メディア=ソーシャルロールの増幅装置を通じて、スーパーヒーロー映画とファミリー映画の接点を作っているのが見事なものです。

とはいえ社会的に“スーパー”であることを諦めろというのではなく、互いをサポートし合うことで彼らは再びヒーローとして返り咲きます。完璧でないからこそチームワークと分業アクションで困難に立ち向かう。作中に確固たるアンサーは出ていませんが、ディズニーとピクサーなりに新時代のヒーローを模索している様子が本作からうかがえました。


● 6. 『First Reformed』

最初は『ビューティフル・デイ』をここに入れようと思っていましたが、映画の凄みが記憶に残っているのに感想メモすら残しておらず、何を書いて良いのか全く検討つかない。それで延々と唸っていた時に浮かんできたのが本作でした。

息子の死と相談者の死を受けて、牧師が信仰のダークサイドに落ちていく。スタンダードサイズ画面にフィックス構図、会話中心に進んでいく映画で、全体に静かに張り詰めた空気がある。個人的に面白いなと思ったのが、その中心に置かれているのがイーサン・ホークであるという点。「そこまで賢くはないけどいい人」役が多いというのが僕のイーサン・ホークに対する印象で、ぶっちゃけて言えばちょっと馬鹿っぽく見える映画俳優だなと。そのせいか禁欲的な宗教世界と映像の中、彼の姿が異様な存在感を放って見えたんですよね。重圧や懊悩に耐えきれず憎悪のマグマを煮えたぎらせ、次第にマズイ深みに落ちていく。そんな牧師の役柄がむしろはまっていました。

なお本作を見たのは偶然で、後から監督のポール・シュレイダーは『タクシー・ドライバー』の脚本の人だと知りました。納得です。


● 7. 『アナイアレイション -全滅領域- (Annihilation)』

一時帰国時のフライトで眠い目をこすりながら見ました。やや展開の起伏に欠けるもののビジュアルが美しく奇想に富んでいる。全編インスタレーションのような作品でした。人型木とか助けて熊とか大変良かった。

とりわけ印象的だったのは、変身でも変異でもない「変容」を描いていた点かなあと。内部から変化し別のものになりかわっていく恐怖、あの世界の一部になれるならそれでも構わないかもという諦念。環境の影響とはいえ変化は内なるものであり、抵抗しようのないところが恐ろしいです。またウイルス等で自分が化け物になっていく話、外部の侵略者に街ごと洗脳されるような話ではなく、浸み出した世界の変化が広がっていくのもツボでした。というか設定的にもまんまストーカーやソラリスですね。

ところで個人的にはジョジョ5部のチャリオッツ・レクイエムを真っ先に思い出したのですが、よくよく考えたら諸星大二郎がしっくりきますね。


● 8. 『Upgrade』

名作娯楽映画の理想的続編である『ザ・プレデター』か、稀有な劇場体験のできる『クワイエット・プレイス』か。その二つで悩んでいた所に頭に浮かんできたのが本作。低予算の小品ながらも良くできていて、ジャンル映画のお手本のような作品であったと思います。

妻を殺され自身も半身不随となった男が人工知能Stemにより再起動、体に埋め込まれたお節介AIと往く復讐劇。全体としては古風なアクション映画ながらSF描写が節々に散りばめられ、演出に小技が効いている。また作品の印象を大きく変えるツイストがある所はアダム・ヴィンガード『ザ・ゲスト』を彷彿とさせました。

古臭いガレージが併設されたハイテク邸宅、警察ドローンが飛び回るホームレス集落、Stemの存在を意識させるカメラワークといった、近未来SF感を出す工夫の数々。限られたリソースの中で粛々と行われるプロの仕事が大変好印象な映画です。

ちなみに主演のローガン・マーシャル=グリーンですが、youtube上のトレイラーに”DISCOUNT TOM HARDY”とコメントつけられてました。いや思っちゃったけどさ。


● 9.『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング (I Feel Pretty)』

突然ですが僕はコウペンちゃんこと肯定ペンギン(コレ)がどうにも苦手です。「日々のつつましやかな事柄を」「純粋無垢な可愛い存在に」褒めてもらう、それにより「可愛いもの好きな自分を演出」するという何もかもが燗に障る。というか「えらーい!」って何様なんだお前は。その雑で無責任な褒め方をやめろ。

アレの「自分自身を褒めてやる」ことの大切さは認めつつも、自分の存在を肯定することとはまた別の話だと思うんですよね。そうした視点から見ると、本作に描かれていたのは社会との関わりにおける自己肯定であったように思います。

社会的な美や若さのプレッシャーに萎縮することなく、自発的に美(自分らしさ)を追い求める。周囲から怪訝に思われようと「なりたい自分」を楽しむことで、自分と周囲の世界が変わっていく。本作が面白いのは、「私はなんて美しいの!」という主人公の思い込みが(少なくともストーリー上は)完全なる思い込みに過ぎないこと。彼女の主観からどう見えるかも一切示されなくて、「無根拠な自信も大事だよ」というのを地でやっているんです。

そのうちに実際主人公が魅力的に見えてくるのが映画のパワー。無論そこにはエイミー・シューマーのコメディエンヌとしての表現力、ストーリーテリングと演出の力があるでしょう。その点で本作もまたファンタジーにすぎません。しかしそれは信じるに足るファンタジーではないかなと。そんなことを思いました。


● 10.『アントマン&ワスプ』

ヒーローものを見ているとしばしば忘れがちなことですが、正義の味方、悪の断罪者、超人、あるいは命の恩人、ヒーローとはそんな大仰なものではない。ただそこにいることもまた彼らの役目であり、変わることなくそこに立っているその姿に救われる人だっている。そう考えるならアントマンが本作では孤軍奮闘するヴィランと戦い、さらにアベンジャーズ次作の鍵となるのも必然だと思います。

アントマンというよりスコットと彼を取り巻く世界こそが、インフィニティ・ウォーを経た私たちにとっては失われた希望である。サノスの独善的な正義とそれに揺るがされた多様な正義のあり方。それに立ち向かえるのは特別なパワーではなく、当たり前のようにそこにいるという普通さではないか。

そもそもスコットはヒーローとしての自分に何の気負いもないんですよね。スーパーパワーを持たない彼はいつだって誰かに助けられている。博士たちのスーツを借り、警備会社の面々の力を借り、娘の笑顔に勇気付けられて、ようやく不恰好なアクションを繰り広げる。スーパーヒーローというにはあまりにも普通すぎる人々であるし、単体で見れば本作は普通のファミリー映画でしかない。

それでも正義も悪も消え去り、文字通り多くを失った世界において、彼らの普通さはいっそう輝いて見えるのです。


以上、2018年ベスト映画でした。改めてラインナップを見返すと、私的な感情や体験に強く食い込んでくる映画が今年は少なかった気がします。その代わりプロの仕事やポジティブなメッセージ性のある映画に評価が偏っているかなあと。

他、選外作品としては、『ビューティフル・デイ』『クワイエット・プレイス』『ザ・プレデター』『スリー・ビルボード』『オー ルーシー!』『デッドプール2』。旧作映画で良かったのは『新感染/ファイナル・エクスプレス』『ロストバケーション』『アンフレンデッド』『ハードコア』『エミリー・ローズ』『ババドック』。どれも面白い映画ですよ。

それでは皆様、良いお年を。