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挑戦者を見届ける視点――Jimmy Chin&Elizabeth Chai Vasarhelyi『Free Solo』評

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体を張った撮影が生み出すスペクタクル

命綱や安全具を一切身に着けずに行うクライミング「フリーソロ」。その無謀にも思える挑戦を続けるクライマーのアレックス・オノルドを追ったドキュメンタリー。

本ドキュメンタリーでアレックスが挑むのは、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にある3000フィート級花崗岩エル・キャピタン。ロッククライミングの名所として名高いこの巨岩に彼は2017年に挑戦し、3時間56分の記録で登頂を達成しました。その偉業に至るまでの彼の足跡を本作はカメラに収めています。

近年映像機材の進化はめざましく、ドキュメンタリーにGoProカメラやドローン撮影が多用されるようになって久しいですが、驚くべきことに本作にそれらの機材は用いられていません。というのも巨岩をのぞき込む角度からアレックスをとらえたキービジュアルにはじまり、本作の映像は撮影班がアレックス同様に岩肌に登って撮ったものなのです。 命綱をつけているといえ体を張った撮影に変わりなく、その結果スペクタクルな映像の数々が生まれています。

それらが評価されてのことか、本作は第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門を受賞しました。しかしそれだけではない。『Free Solo』はドキュメンタリーを物語る監督の手腕も感じられる確かな一作でした。

そこに山があるからなんだ

Mallory lives on in the following brilliantly eloquent quotes.
BECAUSE IT’S THERE… EVEREST IS THE HIGHEST MOUNTAIN IN THE WORLD, AND NO MAN HAS REACHED ITS SUMMIT. ITS EXISTENCE IS A CHALLENGE. THE ANSWER IS INSTINCTIVE, A PART, I SUPPOSE, OF MAN’S DESIRE TO CONQUER THE UNIVERSE.”

“Because It’s There” The Quotable George Mallory

エベレストに三度挑戦した登山家ジョージ・マロリー。彼は1924年の第三回エベレスト遠征で行方不明となり、それから75年経った1999年に遺体で発見されました。その彼が遺したとされるこの言葉は日本では「なぜ山に登るのか――そこに山があるからだ」として伝わっています。彼が本当にそんな発言を遺したのかは怪しいようですが、いずれにせよ命の危険を伴う挑戦に人が惹きつけられる理由の一端を示した名言には違いありません。

本作のアレックスはといえば、フリーソロを「戦士(a warriar)」であることになぞらえています。眼前のクライミングに集中し、壁を乗り越えた先にある達成感や自己の存在。そうしたものを追い求める彼の目は大きく、まるで現世のはるか向こうを見ているかのよう。

とはいえ当然それらはその場の思い切りで得られるものでない。映画はエル・キャピタン登頂に向けた彼のたゆまぬ試行錯誤を追っていきます。 

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命綱つきで実際にクライミングをしてみて、岩肌のわずかな凹凸から掴める場所や足場を見つけていく。ここを左手で掴み、左足で体を支えつつ、向こうに右手を大きく伸ばしてよじ登り……。登頂を可能にし得るルートをアレックスは探索し続ける。鍛錬も欠かさず、体の動かし方をノートに書き留めては反芻する。クライミングの際は滑り止めのため指先につける粉、岩肌に残るその白い跡はそのまま彼のきた道と行くべき道を示している。時期を逃せば気候が変わり登頂が遅れてしまう。だからこそアレックスは日々全身全霊、そして本番では文字通り命を懸ける。

そんな彼の目に映る風景に僕らは思いを馳せることはできても、理解することなど到底できようもない。そこに山があるからなんだってんだ。こっちはクライミングどころか紐ありバンジーすら二の足を踏むような臆病者だというのに。

挑戦はシェアできない。それでも見届ける

そんなふうにアレックスの努力と偉業に驚かされる一方、僕らはその姿をありふれた「挑戦者」として受け流すことにも慣れている。前述のマロリーはまさに「挑戦者」の代表格ですし、ワールドトレードセンターで綱渡りをした大道芸人フィリップ・プティなども有名です。命を懸けた挑戦に魅了された人々を物語る術を僕らはよく知っています。

「アレックスのようなのは命知らずの馬鹿。すごいっちゃすごいけど僕には関係のない他人事だね」 

しかしながら挑戦者に共感しない観客であればあるほど、アレックスの周囲で彼を支える人々にむしろ興味を持つのではないでしょうか。

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 「のぼってきたよ」という事後報告は聞いても、彼の登頂予定は質問すらしない彼の母親。どれだけ親密でも本番には立ち会わなかった彼の恋人。自分の人生の一部にアレックスのような人間を抱えるというのは一体どれほどのことなのだろう。また監督や撮影班の姿も印象的です。彼らはアレックスと綿密にコミュニケーションをとりながら、その挑戦をフィルムに収めるプランを立てていく。アレックス同様に彼らもまた命の危険を冒していますが、究極的にはカメラを向けることしかできない。地上から撮影していたクルーの一人がカメラから目を逸らしたのも無理のないことでしょう。

挑戦というものは本質的にパーソナルなものであり、どれだけ密なコミュニケーションを重ねても乗り越えがたい断絶は依然として存在する。『Free Solo』が立っているのは、そうした事実を受け入れてなお挑戦者を見届けようとする人々の視点にほかなりません。

馬鹿とスマホとドキュメンタリー

映画のラストでは登頂を成し遂げたアレックスが山頂から恋人に電話をかける。彼の前で涙を見せなかった恋人がこの時スマホ越しに嗚咽を漏らします。それは隔たりを超えて人々を繋ぎとめるメディア本来の価値が露わになる瞬間でした。

インスタ映え」という言葉が話題になったように、SNSにアップロードする写真や映像を求めて過激な撮影を行う人は後を絶たず、そのために命を落とした人も少なくありません。そしてそのニュースをまたSNSでシェアして馬鹿にする。それくらい僕らはSNS越しに刺激と承認をシェアすることに慣れ切ってしまっている。そんな何もかもがインスタントにシェアされる時代だからこそ、共有困難なものを伝えるメディアの価値もまた高まっているように思います。その一方で、スマホカメラに始まりGoProカメラやドローン撮影と、テクノロジーが撮ることとシェアすることの敷居を今後ますます下げていくことでしょう。

そうした昨今の映像環境を受けて、メディアとしてのドキュメンタリーが何を伝えるのか。最新機材の利便性に頼らない本作『Free Solo』の撮影はその答えの一つなんだと思います。 

 
Free Solo - Trailer | National Geographic 

 

『Free Solo』
Directors:Jimmy Chin, Elizabeth Chai Vasarhelyi
Stars:Alex Honnold, Sanni McCandless, Tommy Caldwell, Jimmy Chin
Production Co:Itinerant Films, Little Monster Films, National Geographic
(c)2015-2019 National Geographic Partners, LLC.

Images and quotes are cited from below:
https://www.nationalgeographic.com/films/free-solo/

https://www.imdb.com/title/tt7775622/?ref_=fn_al_tt_1 

https://blog.theclymb.com/out-there/because-its-there-the-quotable-george-mallory/