ドーナツを巡る二つの想像力――熊倉献『ブランクスペース』感想
ある雨の日、狛江ショーコは同級生の片桐スイが「透明な道具を作り出す」という不思議な力を持っていることを知る。
面食いでバカなショーコとまじめで読書家のスイ。秘密から始まる二人の交流が楽しげでライトな漫画かと思っていたが、読み進めるごとにそのシンプルな表現が鋭さを帯びていくようだった。孤独や痛み、実存の不安。彼女たちの青春の一幕が日常と空想を行き来しながら描かれる。
「ブランク(空白)」の名をタイトルに冠する通り、見えないものと見えるものを巡る本作の描写は興味深い。
…まず――頭の中に部品を思い浮かべる…
そして想像の中で組み立てる…
うまくいけば――現実に引っ張り出せる
スイは自身が持つ力をショーコにこう説明する。傘、はさみ、風船。彼女が作り出した道具は誰の目にも見えないが、重さがあり、質感があり、機能する。確かにそれらは存在している。ただし引っ張り出すには物の仕組みを理解しなければならない。それ故かスイは読書家であり、ひとりで物自体と向き合っている。
それに対してショーコは一見すると何のとりえもない。「金属」「照明」「鉄塔」。山積みの本のタイトルから彼女は巨大ロボを思い浮かべたりする。スイと違ってこちらは単なる空想だ。しかしそれらは漫画の絵として描かれて、確かなビジュアルを与えられる。ショーコは友達から刺激を受けながら、夢や空想を映像としてありありと思い描ける人だと言えよう。
小説はドーナツの周辺にある物事を言葉で綴り、何もない空白からドーナツの輪郭を浮かび上がらせる。漫画はドーナツの輪郭や陰影に線を引き、そこにある穴をも存在するものとして描き出す。「ドーナツ」という文字の連なりに隠れてしまう、ものとそれを取り巻く世界を表すための二つの想像力がある。言うなれば、スイとショーコの関係はそういった小説と漫画のメタファーなのではないか。
「作ったときの…記憶が曖昧になってくると いつの間にか消えちゃうんだ」
ショーコが透明な風船のゆくえを尋ねた時、スイはこう答えた。青春時代を振り返る時、私達は得てして「あの頃は若かった」と言う。あれは未熟さゆえの気の迷いだったと言わんばかりに。けれども棘も傷も確かにそこにあったはずだ。
小説と漫画、見えないものと見えるもの、スイとショーコ。本作は二つの想像力が交わる場所、空代市という架空の町を舞台に二人の日々を綴り、忘れ得ぬ青春の手ざわりを私達の前に描き出す。