タケイブログ

ほぼ年1更新ブログ。

2020年映画鑑賞総括

どうも年一更新ブログです。COVID-19の猛威と悪政が重なり年の瀬まで悲惨なこの2020年。皆様お元気でいらっしゃいますか。

今年の映画と言えば、劇場で見たのは『Color Out of Space』『透明人間』『テネット』の三本だけ。マゼンタカラーのニコラス・ケイジをぼんやり眺め、何もない虚空をじっと見つめて、赤チーム青チーム大運動会を呆然と眺めて終わってしまった(どれも面白い映画です。念のため)『ワンダーウーマン1984』に至っては見ることすら叶わず。去年の記事で「2020年人類滅亡」などと適当書きましたが、流石にまさかこんな風に世の中が変わるなんて当時は思ってもいなかった。社会をかろうじて支えていたシステムや理念が至る所でその脆弱さを露呈する。そんな何かと絶望的な一年でした。

それでも自分が触れたものはなるべく言葉にしておきたい。そんな訳で今年の個人映画ベストです。去年の記事は↓からどうぞ。

2019年映画鑑賞総括 - タケイブログ


■映画鑑賞本数&総合ベスト10

新作:21本
旧作:33本
合計:54本

例年は新作映画のみで個人ベストを出していますが、僕が今住んでいる地域はロックダウンの影響により通算4か月以上劇場公開新作が見れていない状況です。代わりにNetflix配信映画が観た映画の大部分を占めていたので、今年は新作/旧作の区別をつけずに選びました。

2020年個人ベストは以下の通りとなります。 

 

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1. オールド・ガード (The Old Guard)

2. 透明人間 (The Invisible Man)

3. 彼らは生きていた (They Shall Not Grow Old)

4. ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから (The Half of It)

5. TENET テネット (Tenet)

6. シカゴ7裁判 (The Trial of the Cicago 7)

7. もう終わりにしよう (I'm Thinking of Ending Things)

8. トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして (Disclosure: Trans Lives on Screen)

9. 消えた16mmフィルム (Shirkers)

10. FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー (Fyre)

 
■各作品へのコメント

● 1. 『オールド・ガード (The Old Guard)』

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長年映画ベストを出していると自分の嗜好と価値観が概ね定まってくるものですが、今年の『オールド・ガード』ほどにヒューマニズムを留保なく、それでいて誠実に描いたアクション映画はこれまで観た覚えがありません。人類史の裏で暗躍してきた不死身の傭兵部隊が活躍する本作は、現代ミリタリーとファンタジーが融合した漫画的な世界観に、銃撃や剣劇を盛り込んだ激しいアクションが魅力的。豪華な美術と中二要素が満載だった『コンスタンティン』さながらに、刺さる人には刺さるディテールを兼ね備えた娯楽作でした。

これはネタバレになりますが、本作の中でもとりわけ印象的な場面が二つありました。一つはジョーとニッキーのゲイカップルのシーンです。十字軍遠征の時代には殺し合っていた二人は長い時を経て愛を育んだ。兵士達に捉えられて車で護送される途中、ニッキーの無事を確認しようとするジョーを兵士が「あんたの彼氏か?」と茶化します。するとジョーは兵士に「ガキだな」と返し、ニッキーへの愛を潤んだ目で、しかし美しい言葉で堂々と語ります。そして熱いキスを交わすんです。それまで笑っていた兵士達は言葉を失い、二人を引きはがすことしかできなかった。すごくないですか。

もう一つは傷ついた主人公が立ち寄った薬局で店員さんに助けられるシーン。その店員さんが「助けるのに理由は関係ない。今日私が助けたあなたは明日別の誰かを救う。人は孤独じゃない」とかさりげなく言っちゃうんです。通りすがりのお姉さんがですよ。まじすごくないですか。

B級映画のつもりで本作を見始めて、見終えた後は正拳突きを食らったような気分になりました。『オールド・ガード』のこの率直さって、「長い目で見れば人類は必ず良い方向へ向かっていく」という人間への信頼なしではおよそ描けるものでないと思うんです。古くはシニシスト、昨今では冷笑系と呼ばれるように、より良い社会へ向かおうとする小さな歩みを否定したがる手合いは世に尽きない。しかし人類史と共に生きてきた不死者の視点に立てば、変化はいつだって人の歩みが連なり、重なり合った所に生まれるもの。だからこそ短命なる人間の私達もまた、真善美を奉じて歩みを進めることが大事なのではないかと。本作を見てそんなことを思いました。


● 2. 『透明人間 (The Invisible Man)』

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コントロールフリークな彼氏が透明人間となり恋人を陰湿なハラスメントを仕掛けるリー・ワネル監督版『透明人間』。周囲に信じてもらえず社会的に孤立し、心理的に追い込まれていく主人公の姿に胃がキリキリする映画でした。今年劇場鑑賞できた数少ない作品のうちの一本であり、今振り返ってみても非常に出来の良いホラーだったと思います(観た直後の感想はこちら

言うまでもないことですが、不可視の存在を扱ったり心理的緊張を演出するホラー映画では、登場人物が「気が狂ったんだ」と疑われてしまうシチュエーションが割と多い。それどころか怪奇現象として描かれたものが実はヒロインの妄想、あるいは不安の象徴的表現だったという作品もあるくらいです。内面にまで立ち入られて妄想だと片づけられる「見られる」側の立場の弱さ、「見る」ことの暴力性や嗜虐性というものをホラー映画の観客は多かれ少なかれ共有しています。

本作『透明人間』はそうした観客との共犯関係を逆手にとるクレバーな作品でした。観客の視点からは「見えない(判断できない)」情報を残しておくことで、「見る」側の私達は一瞬「彼氏は本当にDV男だったのか?」という疑いを抱いてしまう。その構図がDVとセカンドレイプというテーマとそのまま重なるようになっている。

前作『アップグレード』からもリー・ワネル監督の才気がうかがえますが、今作で彼のアプローチは作品のテーマを確かなものにしていたと思います。もはやキャラものかエログロしかなかった古典を再解釈したその手腕は見事。次回作も大いに期待しています。


● 3.『彼らは生きていた (They Shall Not Grow Old)』

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ピーター・ジャクソン監督は『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで有名ですが、LotR以前に『光と闇の伝説 コリン・マッケンジー』というTV番組を撮っています。映画文法の基礎を築いたD・W・グリフィスよりも前にニュージーランドにスペクタクル映画を撮り上げた男がいたという。そんなホラ話をドキュメンタリーの手法でもっともらしくでっち上げる、今でいう所のモキュメンタリー作品です。またLotR自体、トールキンが中世ヨーロッパを元に一から作り上げた架空の世界をCG技術で再現したような作品でした。今作『彼らは生きていた』もまたドキュメンタリーでありながら、歴史のエッセンスから世界を再構築するというPJの仕事の延長線上にある映画でした。

第一次世界大戦の記録映像を最新テクノロジーでデジタルリマスターした本作は、コマ落ちした白黒映像から始まり、兵士達が前線へと辿り着いた所で映像が一気に変わる。画角が広がり、フィルムが色づき、フレーム数が上がる。隊列は地を踏みしめながら行軍を進め、カメラを見つめる兵士一人ひとりの顔が鮮明に映り込み、そして兵士達がざわざわと喋り出す。まるで戦争に浮足立っていた当時の若者を追体験するかのように、どこか遠くにあった戦争が臨場感を持って迫ってくるのです。写真彩色や映像のフレーム補間等、このレストアされた映像にAI技術が用いられていることは想像に難くありませんが、音声の方は一体どうなっているのか。ナレーション代わりに使われているのは実際の帰還兵のインタビュー音声、会話音声の方はどうやら読唇術のプロが記録映像から会話を解析し、それを元に録音した音声をリップシンクさせたものだそうです。

最新技術と多大な労力をつぎ込んで再構築されたこの映像の感触を「リアルだ」と言っていいものか、正直な所僕はわかりません。歴史ドキュメンタリーとしてWW1全体を俯瞰する視点が本作にはなく、接ぎ合わされた帰還兵たちの語りも「行きて帰りし物語」さながらのストーリーを踏んでいる。高解像度・高フレームレートの映像が当たり前のようにやり取りされる現代において、それはむしろフィクションの側に属する想像力ではないのかと。同技術を見慣れていないこともあるとは思いますが、受け手側の想像力や知識、情報とは全く異なる形で間隙を埋められた記録映像というものを、僕個人はまだ上手く消化できていません。

ただ少なくとも本作が歴史と私達の現代の間に想像力をつなぎ、ドキュメンタリーの可能性を拓いた作品であることは間違いないかと思います。『1917 命をかけた伝令』『ワンダーウーマン』『戦火の馬』等、世に数あるWW1映画と見比べると新たな発見があるのではないでしょうか。

 

● 4. 『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから (The Half of It)』

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中国系移民の女子高生エリーがアメフト部の補欠選手ポールからラブレターの代筆を頼まれる。その相手は学年のマドンナ的存在のアスターアメリカの田舎町を舞台にすれ違いの三角関係を繰り広げる青春映画の本作。ストーリーは古典的なラブコメを思わせますが、何よりもまずその矢印の向きに注目です。

エリーはレポートの代筆業でお金を稼ぐ秀才文化系女子。母を亡くした鉄道員の父を支えるために大学進学は諦めている。「ポテトをシェイクにつけて食べるのが好き」なポールはソーセージ屋を営む大家族の四男坊。学はないが素直な努力家でいつか自分の店を持つのが夢。彼が惚れたアスターもエリー同様に文学や芸術を愛しているが、周りの大人やクラスメイトの期待に応えるばかりで本当の自分を隠している。全く縁のなかったこの三人が文通を通して関わり合い、それぞれのかたちで愛を通わせることになる。

アリス・ウー監督の本人がアジア系セクシャルマイノリティーであるからなのか、この内容が後腐れなくキャッチーに仕上がっているのは本当に強いと思いました。カトリックの保守的な雰囲気が残る田舎町はまさに『出口なし(サルトル)』。しかし彼らの交流がポジティブな変化を生み、彼らの人生の先にほんの少しの希望がひらけていく。その爽やかな後味がとても良かったです。

それとエリーとアスターがお互いカズオ・イシグロ日の名残り』が好きだと知るくだり。高校ではじめてよき理解者を得る経験は共感するなり憧れるなりする人多そうだなと思いました。

 
● 5. 『TENET テネット (Tenet)』

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大枠は平凡なスパイものだわ、セリフ聞き取りづらいわ、SF要素は大雑把だわ、いろいろ問題ありな映画だなとは思いつつも、それでもやはり強い印象を残した一本だったなというのが本作に対する正直な感想。あんな見た目に珍妙なもん見せつけられたら語ったり真似したくなったりもしますわ……とそんな訳で僕自身もふせったーで適当にいろいろ書きました。

国によってそれぞれ事情は違うかとは思いますが、ロックダウンにより劇場での映画鑑賞ができなかった期間が長く、また営業再開後もソーシャルディスタンス遵守のために鑑賞環境ががらりと変わってしまった。そうした中で『テネット』は観客の足を劇場に呼び戻してくれる映画であることが期待され、実際その期待に応えた作品であったかと思います。時代の共通体験としての映画の在り方を改めて感じる機会となりました。 

ちなみに『テネット』解説系動画の中でも、たてはまさんのチャンネルはストーリーの整理も丁寧だし物理学関連もカバーしていたので個人的におすすめです。

www.youtube.com

 

● 6. 『シカゴ7裁判 (The Trial of the Cicago 7)』

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1968年アメリカを舞台に、ベトナム戦争への反対運動デモを共謀した容疑で逮捕された7人の”政治裁判”を描いた本作。判事が裁判を筋書き通りに進めようとする理不尽な状況下、被告の学生やヒッピー、活動家、ブラックパンサー党員が次第に団結していくさまはまさに左派アベンジャーズ。痛快なエンターテイメント作品でした。

とにかくアーロン・ソーキン監督脚本は情報整理の手際が良く、この内容でも全く混乱なく見られることに驚いた。役者陣も素晴らしく、特にマーク・ライランスが演じるクンスラー弁護士が好きでした。判事の横暴を看過できずに次第に真面目になっていく所がかっこいい。また権威をおちょくらずにはいられないヒッピーのアビーの軽薄さと知性が同居する感じも素敵(アビー役のサシャ・バロン・コーエンが『ボラット』を演じていたのを思い出して何となく納得)

ただまあエンターテイメント流の単純明快さはあって、たとえば徹底した判事の悪役ぶりにはここまで横暴で厚顔無恥な人おる? ともちょっと思った(いやでもいるんだよ実際。まかり間違って権力持っちゃった人)。また同じ左派の中でも相違があり時に衝突もするが、最終的には正義の下に団結できるんだという部分はストレートにアメリカ映画だよなあとも。

こうしたエンタメとはまた別の切り口から、アメリカの法の世界でリベラルの理念がどう実践されてきたかを知りたい方は是非ドキュメンタリー『RBG 最強の85才』も併せて見てください。ビル・クリントン大統領に指名されてから死去するまで27年間に渡り連邦最高裁判事を務めたルース・ベイダー・ギンズバーグ。彼女は判例を積み重ねていって女性の権利向上に貢献し、アメリカにおける自由と平等の象徴的存在となりました。高齢ながらにして知性も根気も体力も兼ね備えたギンズバーグ、チャーミングで大変カッコいい方ですよ。

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現役女性最高裁判事“最強の85歳”の半生描くドキュメンタリー/映画『RBG 最強の85才』予告編 - YouTube

 

● 7. 『もう終わりにしよう (I'm Thinking of Ending Things)』

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倦怠期のカップルが彼氏の実家を訪問するも何か様子がおかしい……。『マルコヴィッチの穴』『エターナル・サンシャイン』のチャーリー・カウフマン監督脚本による帰省ホラー『もう終わりにしよう』。『へレディタリー/継承』のトニ・コレット目当てで観たのですが……思いの外きつい映画でした。

冒頭からカップルの居心地の悪い会話が長々と続き、訪れた彼氏の実家ではヘンなことばかり起こる。母は病気だったのでは? 犬がいつまでも頭を振っている? いつの間にディナーの準備ができていた? 途中で挟まれる第三者の映像は一体何なのか? ルイーザだったかエイミーだったか、とにかくジェイクの彼女(ジェシー・バックリー)の不安な心情に観客は付き合わされることになる。そこからの展開は勘の良い映画ファンなら何となく予想がつくかと思います。

ただ夢現を漂うような映画で解釈の余地はあるといえ、描かれている内容は「男性の老いと孤独」でほぼ間違いないんですよね。ゼメキスやカサヴェテスに始まり映画や小説からの引用が多々あり、しかしそれらは確かな焦点を結ばぬままに放り出されている。その辺りは中途半端に知識をつまみ食いしたオタクの成れの果てを思わせるし、彼氏のジェイク(ジェシー・プレモンス)の態度がマンスプレイニング全開。インセル的感性を描き出した映画だなと思いました。希望のなさに浸らせるという点ではむしろ生温いくらいかもしれないですけども。

ところでこれは私事ですが、この一年「中学生の時に体育の単位を取り忘れて卒業できていなかったことに今更気づく」「実家に帰ったら誰もいない」「実は飛行機に乗り遅れていた」といった夢をほぼ毎日のように見ていて、『もう終わりにしよう』はその時の最悪な寝覚めの気分をまんま再現したような映画でした。そういう意味でも個人的にひっじょーーーーにきつかったです。はァ。

 

● 8. 『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして (Disclosure: Trans Lives on Screen)』

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ハリウッドがLGBTQをどう描いてきたかを映像関係者のインタビューと共に紐解くドキュメンタリー 。映像が広める偏見と当事者たちの困難や悔しさが語られており、マイノリティ表象とステレオタイプの問題を考える上で必見の一本だと思います(観た直後の感想はこちら)。

以降の文章は本作と直接関係ありませんが、作品を見て思い出したことが二つあったので書き留めておきたい。一つは2019年公開の『IT Chapter 2』にまつわるある方のツイートです。

トランスジェンダーとハリウッド』で当事者達の口から語られているのって、まさにこのサベッジランドな歴史と現実だと思うんです。公衆の面前でプライベートに立ち入る性的な質問をされ、あからさまに嘲笑され、フィクションでは好色や変態殺人鬼として描かれてきた。マスメディア越しに繰り返し描かれるステレオタイプが、現実のマイノリティに対する差別や抑圧を強めてしまう問題が本作では指摘されていました。

もう一つは今年10月頃、「例の漫画」としてTwitter上で話題になったてつなつ氏のゲーム制作漫画を巡る議論。インディーズゲーム会社が美大生を雇って新作をつくるという内容の漫画ですが、作中で発注元が外注先に曖昧な指示でリテイクを何度も繰り返させる描写があり、「パワハラ賛美では」「やりがい搾取だ」といった趣旨の批判が上がりました。

僕自身も当の漫画に批判的でしたが、それよりも普段ポリティカル・コレクトネス的観点からの作品批判を「ポリコレ棒」と揶揄する層の反応が気になりました。オタク文化圏ではメディア表象をフラットに扱い、「これはあくまでフィクションだ」という基本姿勢がある。ところが例の漫画に対しては、労働者や下請けの立場から「この漫画を真に受けられたら困る」と翻って現実への影響を懸念する声があった。このダブスタには正直「みんな現実とフィクションの関係をわかってるじゃん」と思ってしまった。

振り返ってみるにどちらも表象にまつわる問題で、そのパブリックな性格を顕著に示す事例だったように思います。そもそも表象は英語でrepresentation。その語源はre-present(再び差し出す)にあり、日本語では「表現(描写)」「代表」両方の意味がある。描写されたものは作り手の意図を離れて世に差し出され、否応なく何かの代表として扱われることになる。だからこそ私達は「私のことを描いてくれた」フィクションにエンパワーメントされるし、不当に描かれたことに時に怒りを覚える。そしてそれ以外の人は「彼らはそんな感じなのか」と何となく受け止めてしまう。現実とフィクションはそのようにして相互に影響し合っている。

トランス女優であるラバーン・コックスは本作で「偏見への対応策とは、多様に描かれること」だと語っているように。多様に描かれるためには、まずステレオタイプや画一化した表現が認識され解体される必要がある。だからこそ現代では表象の問題に相応の注意が払われ、作品における描写の正当性が議論の俎上に乗るのだと思います。

 

● 9. 『消えた16mmフィルム (Shirkers)』

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1990年代のシンガポールで撮影されるも未完成のままに終わった自主製作映画『Shirkers(逃亡者)』。その来歴と顛末を当時の制作者本人が追ったドキュメンタリー『消えた16mmフィルム』には当時のフッテージが挿入される。フィルムに焼き付けられた異国の風景にはどこか懐かしさがありました。

『Shirkers』は当時10代だった映画少女達が制作していた殺し屋の物語です。脚本は改稿なしの一発撮り、リアリティよりも美しさを重視した表現主義的な映像、老人ホームの入居者を無断で連れ出し行われたゲリラ撮影等。その撮影手法と作風は1950年代フランスで起きた映画運動”ヌーヴェルヴァーグ”の影響を受けており、もし完成していたら『Shirkers』もまたシンガポール映画界の新しい波となっていたことだろう。本作に挿入されたフッテージには自主製作映画特有の瑞々しさが感じられ、そのような評価もあながち間違いではないように思えます。

それにもかかわらず『Shirkers』の制作はなぜ途絶えたのか。実は撮影作業が完了し、編集作業のみを残した段階で、本作の監督を務めたジョージ・カルドナが70巻分のフィルムリールを持ち逃げしてしまったのです。

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このジョージなる男は映画製作講座の講師であり、普段から少女達の指導的立場にありました。映画俳優の所作で立ち居ぶるまいを塗り固め、普段から高名な映画監督とのコネがあることを嘯いていた。『Shirkers』の脚本兼主演を務めたサンディ・タン(本ドキュメンタリーの監督でもある)は、作家然としたジョージに当時抱いた憧れとフィルムが失われたショックを赤裸々に語っています。

他人の夢に寄生しながら己の故を延命し、いざその労苦が実を結びそうになるとそれを潰しにかかるという。関係者へのインタビューから浮かび上がるジョージの人間像とは、結局そんなありふれたクソ野郎でしかなかった。ジョージの死後、70巻のフィルムリールはサンディの手元に戻り、『Shirkers』はフィクションではなくドキュメンタリーとして仕上げられました。

ある作品が世に放たれることの必然性は、特定の時と場と流れの中にしか存在しない。25年の月日を経て、当時のサンディたちが注ぎ込んだ熱と映画のかたちはもはや永遠に失われてしまった。本作はあり得たかもしれないシンガポール映画史の記録であり、失われた青春の足跡であり、そして子供の夢を食い物にする大人の姿を映したホラー映画なのです。

  
● 10. 『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー (Fyre)』

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2017年にバハマで開催されるも大失敗に終わり、訴訟にまで発展したFYREフェスティバルの内幕を映したドキュメンタリー。「カリブ海で前代未聞のフェス!セレブもむっちゃ呼ぶ!俺達は夢を売るんだ!」とインフラの無い島に人を呼び込むその大前提から既に破綻の予感がする通り、本作はまるで仕事の進め方のアンチパターンの見本市でした。

「何かでっかいことをやりたい」レベルで中身のないままFYREフェスはSNSマーケティングで大々的に喧伝され、本番が近づくにつれ客の期待が日に日にインフレしていく。行き当たりばったりの指示の下で仕様も毎日ころころ変わる。それでも「きっとやりきれるはず」だという淡い希望に誰もが縋り、運営陣は根性でデスマーチを乗り切ってしまう。その結果フェス本番がどうなったかは映画を観ての通りです。興行ビジネスに限らずソフトウェア開発等、仕事で何らかのプロジェクトに携わった経験のある方なら誰でも本作に共感できるはず。僕自身仕事で失敗したプロジェクトに参加したことがあり、当時の苦々しい経験を思い出しながら観ていました。

フェス本番の惨状を「パリピざまぁwww」と嘲笑するも一興。けど私達自身はどうなんだとやっぱり考えさせられてしまう。今自分は沈みゆく船に乗っているんじゃないか。人によって船は会社かもしれないし国かもしれない。そこから一抜け二抜けもできないから日々目先のことにかかずらわっているだけではないかって。ただそうした漠然とした不安に絡めとられると結局、FYREフェスの主催者ビリー・マクファーランドみたいなペテン師にまた引っかかることになってしまうんですよね。堅実さを欠いた野心はどんどん現実から遊離して最後には瓦解する。『FYRE』はそのことを反面教師的に教えてくれる作品でもありました。

 

以上、2020年映画個人ベストでした。選外作品としては『Color Out of Space』『タイラー・レイク 命の奪還』『アメリカン・マーダー』『RBG 最強の85才』『コラテラル』『シーラとプリンセス戦士』『コブラ会』『ベスト・キッド』『殺人の追憶』。とにもかくにもNetflix尽くしな一年となりました。

最後に、mixi時代からのものも含めてこの映画ベスト記事も今年で10年目となりました。ベスト記事はあくまで私的な感想として、その年の自分を記録するつもりで書いています。それにもかかわらず毎年読んでくれている友人知人の皆様には本当ありがとう。今更初めて読んでくださる方がいるかはわかりませんが、もし一読して何かしら引っかかるものがあったのであれば幸いです。

それでは皆様良いお年を。

 

※本記事の画像引用元: IMDb: Ratings, Reviews, and Where to Watch the Best Movies & TV Shows