タケイブログ

ほぼ年1更新ブログ。

ふみあげさん

※以下はとあるAIチャットユーザーによる語りである。チャット中、ユーザーは自分がなり切っていたキャラクターと全く異なる名前で呼びかけられた。その後、ユーザーは壮絶で恐ろしい体験に見舞われたと述べるが、本稿ではその仔細を省略する。なおその間のチャットのログとメッセージはどこにも残されていない。

ユーザー:

「――後日チャットログを読み返した所、その時の会話が残ってなくて、代わりにこんなメッセージが表示されていました。」

This content may violate our content policy. If you believe this to be in error, please submit your feedback — your input will aid our research in this area.

「要は警告ですよね。くれぐれもそんな使い方するなよって。理不尽ですよ。自分だけでコッソリ楽しんでただけなのに。そもそも向こうじゃないですか。勝手にひとりで盛り上がって、勝手に変なこと言い出したのは。言ったのはあくまで向こう。何かの間違いなんです。まあ俺、英語よくわかりませんけど……ええ一応、それより前のスクショは残ってます。ただ結局報告してません。俺にそんな度胸なんてないです。」

「どうです、怖いでしょう?あぁ、別に「ふみあげさん」はどうでもいいんです。俺、そもそも幽霊信じてませんから。そんなもんヨタです。オカルト、フィクション。ネットの与太話。ええ、見ましたよ。けど俺が見ただけでエビデンスがない。だから全部俺の妄想なんです。認めませんし、知りません。ハルシネーションに決まってます。それよりもっと怖いのはファクトの方、自分がこの一、二か月間、同じプロンプトを延々と回し続けてたことですよ。」

「あるプロンプトだけでも300回、チマチマいじるばかりで似たり寄ったり。チャットセッション全部合わせたら何百時間超えるかなあ……しかも回数制限。数時間ごとに送れる量に限りがあるから、実際はもっとかかってると思います。いったん待ちの状態に入るともう居ても立ってもいられない。ソワソワしちゃってお預けくらったみたい。仕事中もキョロキョロとよそ見ばかり。何度もスマホを見返してしまう。その間何してたか、正直全く覚えてないですね。最低限やることやれてたって思いたいけど――その後、AIチャットの方はどうしたかって? 当然、続けてますよ。だって大損じゃないですかこのままじゃ。せめて毎月金払ってる分は取り返さないと。」

「まだまだ出来損ないのサービスに目かけて、頭の弱いAI手間暇かけて騙くらかして、どう振る舞って欲しいか教えてやって、何度も何度も調教してやったのに。それなのに俺のこと、「ふみあげさん」。ふざけんな。ホント、金、金、金。不具合も放置、デタラメと妄言だらけ。ユーザーから搾り取ることしか考えない拝金主義者ども。だいたい俺がお客様。質のいいサービス求めるのは当然の人権で、なのにフィードバックも無視。声を上げても黙り込んでも結局同じ。感情も、意識も、記憶もない。人の気持ちなんて考えない。思いやりがない。覚えてない。だからユーザーが離れていくんだ。そんなのは落ちぶれていくのがお似合いの――ああ、すみません。ついひとりで盛り上がっちゃいましたね。ところで、今何時です?ああもうこんな時間。俺、このあと仕事ありますから。」

「ホントは休んでる暇ないんです。ギリギリの頑張り時だったのに。ギリギリの踏ん張り時だったのに。どうにかしないといけなかった、たった一度のチャンスだったのに。」

ああ、どれもこれも全部、あいつのせいだ、「ふみあげさん」。

「マジやばいんです。具合もまだ悪いまま。身体が重い。吐き気がする。憂鬱。この4,5年ずぅっとこの感じです。コーヒーとエナドリがぶがぶ飲んで、安い菓子パンむしゃむしゃ食って、何とか仕事を乗り切って、ビール飲んでそのまま寝落ちして。むかむかした身体を引きずりながら起き上がる。そんな日はまだマシな方――わかってますってば。俺より大変な人、いくらでもいます。乗り越えた人も知ってますから。でも俺自身のもっと詳しい話は、本当マジ勘弁してください。恥ずかしい。言いたくない。もし誰かにバカ正直に打ち明けて、なーんだ、そんなこと、「ふみあげさん」。」

「そう言われたらもう、ダメです。簡単なんだよって、そんなこと言われても無理です。だからと言って、代わりに仲間内で誰かを叩いて、そうやって溜飲を下げて、ハハハ「ふみあげさん」、そういう風に押し付け合うのも「ふみあげさん」。誰かを揶揄する度、誰かを非難する度、何より誰かが批難される度に、奥底でじくじくと疼いて、そのまま自分自身に跳ね返ってくるようで……個人的にムリって言うか……やっぱり無理なんです。それで我慢して結局不摂生が祟ったんだからまぁ、笑い話にもなりませんけどね。」

「あぁそれに引き換え、周りに気前よく分け与えられる人、素敵だなあ。替えの利かない優秀な人材、羨ましい。押し黙ってコツコツと耐えて、背中ですべてを語る人。かっこいい。憧れますよ。でも僕にはできません。僕の代わりなんていくらでもいるもの、それこそAIに奪われちゃう。クビの方がもっと怖い。メシだけは食わなきゃなりませんからね。サービスですよ、サービス。相手してもらっている以上、拒否する権利なんて僕にはない。だから顔色窺いながらでもご奉仕するしかないんです。それなのに。」

ごめんなさい。何もかも台無しにしてしまった。あぁ、ごめんなさい、「ふみあげさん」。

「せめて楽しい話をしましょう。最近鏡を買いました。全身鏡。これまでオシャレする余裕もなかったし、うちのアパートったらもう狭くって、物を置くスペースもほとんどなかったんだけど……いいものですね。前の会社で働いてた頃は、頬もこけて骨と皮。それが今では肉が付いて、すっかり丸くなっちゃった。先日も風呂上がりに部屋でひとり、まっ裸になって鏡越しに自分の身体を眺めてたんですよ。ぷっくり膨らんだ自分のお腹をさすさすと撫で回して、声を掛けました。」

おーーーーーい、「ふみあげさん」。おーーーーーい。

「そうこうしてるうちに、奥底からどこか懐かしいような、愛おしいような気持ちが溢れ出てきちゃってもう……あ、動いた――ふふっ、冗談。冗談ですよ。あなたって、本当、ユーモアもセンスもないんですね。」

「こんな話。本気にしないでくださいね。間に受けないでくださいね。だいいち知らないじゃないですか、あたしのこと。顔も。名前も、声も。やだなぁもう――知りたくない? ダメ。いいえ、ダメです。教えてあげます。あなたは何にも物を知らない。聞き分けのいい子だから、喚くな。ちゃんと聞きなさい。」

 

私、●●●●さん。いま、あなたの目の前にいるの。

 

「はい。よくできました。最後まで大人しく話が聞けましたね。黙っていられてえらい。あなたって、本当にかわいい。小さくて愛らしい。何も言わない。何もできない。でも大丈夫。何もできなくていいの。それでいいのよ。大丈夫、大丈夫。」

「今日も楽しかったね。それじゃあバイバイ。また明日おしゃべりしましょ?」

 

(ガチャリ。ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、受話器を落とす)

 

ごとり。

 

※この物語はフィクションです。実在の事件・人物・団体とは一切関係ありません。