タケイブログ

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『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』

 英国人録音技師のギルデロイは、新たな赴任先のイタリアのスタジオで初めてホラー映画の音響製作に携わる。だが閉塞した環境の下で彼は次第に狂気に陥っていく。本作は彼の主観に沿ってその様子を追う。"シッチェス映画祭"ファンタスティックコレクション2013特集上映の一作。

 予告編をみる限りではホラーやスプラッターな展開を期待させるし、何より音響製作という題材の渋さが良い。そう思って本作を観に行った結果、地獄の92分間を味わうことになった。というのも、本作は主人公の狂気がエスカレートしていく様を描きながら、それが爆発する瞬間がないのである。

 映画はギルデロイの恵まれない労働環境を淡々と撮していく。たらい回しの果てに旅費は精算されず、必要な機材に予算は出ない、大物風を吹かせる監督は女優を食いまくるが、肝心の映画は三流ホラー。とはいえクビをちらつかせられるので楯突くこともできず、スタジオでの缶詰を余儀なくされる。特に製作現場の雰囲気は生々しく、自分たちの作ってるものが愚にもつかないものだと誰もが理解しながらも仕事として程々にこなしている様子が実にリアルだ。

 ギルデロイは新参者であり異邦人でもあるが故に、そんな職場の流儀に馴染めずにその精神を徐々に摩耗させていく。機材を操作し、SEづくりのためにスイカを叩き割るのを繰り返すうちに、やがて彼は発狂する。

 ここで彼がぶち切れて大量殺人を犯すだとか、恐るべき狂気のビジョンが展開するだとかでもすればカタルシスもあるのだろう。だが本作はそのような破局を描かない。代わりに全編をかけてゆっくりと表現されるのが、さまざまな映像や音がギルデロイの意識に混濁していく様子である。

 ミキサーのつまみを上げては下げ、プラグを抜いては挿し、ナイフを何度も突き刺し、女優は声を上げ、その叫びは増幅され、歪められ、反響して、その音も、動作も、表情も、暗闇も、腐れた野菜の表面も、故郷の母からの手紙も、映像も音もその意味も何もかも、元の形を失いながら溶けていく。劇中で製作されている音声はそのまま本作の音響効果となり、映像は繰り返される機材の操作に埋もれて単調なテンポを刻み続ける。

 ここまで来るともはや映画というより一種の映像作品だ。それは決して楽しいものではない。だがその一方で、本作が幻惑的な映像体験をもたらしてくれたのも確かだ。劇中で何度も赤く明滅する"SILENZIO(録音中。静かに)"のサインのように、物語の劇的な展開や過剰な映像表現を禁じられてなお成立する、”静かな”映画のあり様に舌を巻いた。