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動きが刻む生の軌跡――『抱きしめたいー真実の物語ー』評

過去の交通事故が原因で半身麻痺と記憶障害を患うつかさと、網走でタクシー運転手をしている雅己の日々を綴る本作。その冒頭、雅己が知り合ったばかりのつかさをタクシーに乗せるくだりが印象的だ。

雅己はタクシーのドアを開けると、つかさを抱きかかえて座席に降ろす。そして車椅子を折りたたみ、トランクにしまおうとして苦戦する。この一連の動作がロングで淡々と撮られることにより、車椅子での生活の大変さが自然と伝わってくる。と同時に、それを苦にしない雅己の人柄がここでは視覚的に表現されている。

仰々しい劇伴とともに、随所で悲しげな表情を挿しはさみ、惚れた腫れたの大恋愛や死ぬ死なないの悲劇を展開する。「感動」がウリの作品が得てしてそうなりがちである一方、本作は思いの外シンプルだ。ただ行為や出来事を追うことで登場人物の自然な個性をユーモラスに描き出す。そしてあくまでも小さなエピソードの積み重ねを通して二人の関係の推移を綴っていく。

無論、つかさのリハビリ経過の記録映像を雅己が見る場面のように、悲劇の色みを帯びる箇所もある。医療機器に繋がれたまま虚空を見つめ、立ち上がることもおぼつかず、眼前の母のこともわからずに幼児のように泣き叫ぶ。そんな彼女の姿は見るに忍びない。しかしこのくだりが秀逸なのは、雅己とつかさが今まさに見ている映像を延々と流すことにより、観客をいったん彼等と同じ立場に立たせてしまう点にある。

その上で、カットが切り替わり雅己の姿が映し出される。彼は何も言わずただ映像を見つめている。そして画面から目を逸らさずに、彼は繋いでいたつかさの手をより強く握りしめる。その振る舞いこそが彼のすべてだ。たとえ何があろうともつかさと人生を共にするという彼の意志を、その場面は如実に語っている。

彼らが何を感じたかではなく、彼らがどう動くのか。本作は彼ら二人の生の軌跡を描くことに徹底する。その誠実さが、ともすればお涙頂戴に陥りかねない本作の題材を実につつましやかな恋物語へと紡ぎ上げた。

キネマ旬報2014年4月上旬号「読者の映画評」掲載

原案:「記憶障害の花嫁 最期のほほえみ」(2011)
監督:塩田明彦(『月光の囁き』(1999)、『カナリア』(2005)、『どろろ』(2007))
脚本:塩田明彦斉藤ひろし(『黄泉がえり』(2003)、『余命一ヶ月の花嫁』(2009))
出演:北川景子(『ハンサム★スーツ(2008)』)、錦戸亮(『県庁おもてなし課』(2013))
配給:東宝