【ネタバレあり】「絆」に繋がれた日本のグロテスクな似姿――ジョーダン・ピール監督『Us/アス』評
『Us/アス』の成功と映画作家ジョーダン・ピールの躍進
監督デビュー作『ゲット・アウト(2017)』で低予算のオリジナル作品ながら大ヒットを飛ばし、アカデミー脚本賞を受賞したジョーダン・ピール。現在アメリカで公開中の彼の最新作『Us/アス』が前作以上の興行成績を収めています。3月22日公開から 4月1日現在までにアメリカ国内興行収入は100万ドルを超えており、アメリカの映画批評サイトRotten Tomatoでも94パーセントの支持率を収める等、オリジナル作品としては異例のヒットです。
ジョーダン・ピールはアフリカ系アメリカ人の父親とイギリス系白人の母親を持つハーフであり、同じくコメディアンのキーガン=マイケル・キーとコンビで冠番組を持つ等、コメディアンとして確かなキャリアを持っています。そんな彼の前作『ゲットアウト』は人種差別をテーマに据えた社会風刺的なスリラーであり、その出自が色濃く感じられる一作でした。そして新作『Us/アス』もまた、「現政権下のアメリカから着想を得た」と監督本人が述べる通り、コメディホラーでありながらも政治的要素を多分に含んだ作品に仕上がっていました。
本稿では、ピールがドッペルゲンガーというモチーフを通して『Us/アス』に描き出したものをネタバレありで語っていきます。
"The Tethered" - 肉を持ったドッペルゲンガー
夏のバカンスをのんびりと過ごすため、子供二人を連れてサンタクルーズのビーチを訪れたアデレイドと夫のゲイブ。ある晩、彼らが宿泊するアデレイドの幼少期の生家に赤いつなぎを着た四人組が現れる。一家を襲った四人組は、一家のそれぞれと全く同じ姿をした「私たち」だった。
この「自分と瓜二つの分身が襲ってくる」というプロットについて、ピールは彼が幼い頃から抱いていたドッペルゲンガーへの恐怖が元にあるとインタビューで述べています。
ドッペルゲンガーとは、ある場所に存在する人が離れた別の場所で目撃されるという超常現象を指す言葉です。「Doppel (二重) 」と「 Gänger (歩く人)」というドイツ語に由来し、自分のドッペルゲンガーを見たものは死ぬという言い伝えがあります。映画においても、古くは『サイコ(1960)』、近年ではドゥニ・ヴィルヌーヴ『複製された男(2014)』、邦画では黒沢清『ドッペルゲンガー(2003)』などドッペルゲンガーをモチーフにした作品は枚挙にいとまがありません。その描かれ方も、霊的存在や幻影、あるいは単なる他人の空似など様々です。
映画評論家の町山智浩氏は『複製された男』の解説にて、ドッペルゲンガーがしばしば主人公の願望や不安のメタファーとして扱われることを指摘しています。
それでは『Us/アス』におけるドッペルゲンガー、"The Tethered"と呼ばれるものたちはどうでしょうか。実のところ、彼らはそうした象徴的な側面をほとんど持ち合わせていません。
それが顕著に表れているのが、娘のゾラとその分身”アンブラ”の対決シーンです。ゾラは陸上をやっているのですが、その設定はストーリー上ほとんど意味を持たない。アンブラはただゾラに襲い掛かるばかりであり、ドッペルゲンガーを通して物語られるゾラのバックストーリー自体がそこに存在しない(もっともこれにはアデレイドが主役であることも関わっているのですが)
その代わりに強調されるのが、"The Tethered"たちの不完全さや、あるいは非人間的な側面です。たとえば、アデレイドの分身”レッド”の目を大きく見開いた表情に、けいれん性発声障害という実在の障害に取材したという、喉の奥底から声を絞り出すような独特の喋り方。ルピタ・ニョンゴによる二役はその表情としゃべり方で極端なまでに演じ分けられています。長男ジェイソンの分身もまた同様です。猿のように駆け回り、マスクの下には火傷を負っている。まともな言葉を話さず群れのように行動する”The Tethered”は、愉快なウィルソン一家と対置されてますますモンスターのごとく私たちの前に立ち現れることになる。
"The Tethered"とは撃退すべき怪物であっても 、一人ひとりが克服すべきトラウマのメタファーなど”ではない”。ただただグロテスクな自分の似姿と対峙し続ける生理的嫌悪感。それこそが『Us/アス』の映画全体を支配するトーンであり、それはそのまま本作のテーマへと連なっています。
Hands Across America からトランプに連なる理想と楽観
一家が対峙するドッペルゲンガー、"The Tethered"とはいったい何者なのか。その問いに対する”レッド”の答えは、 "We are Americans."というものでした。この場面は、本作の笑いどころでもあると同時におぞましい真実でもあります。結論から言ってしまえば、彼らはアメリカの暗部のメタファーです。
ただし彼らが象徴するものは、貧困や格差といった具体的な問題に留まるものではない。それを読み解く鍵となるのが、アメリカにかつて実在したチャリティプロジェクト”Hands Across America”です。
"Hands Across America"は1986年に、"We are the world"を企画したテレビ番組プロデューサーKen Kragenを仕掛け人に行われました。毎週末の決まった時刻に人々が集まり、横並びになって手をつなぐ。人々がつくった列でアメリカ大陸を横断しようというもので、手をつなぐための”場所”代とグッズの売り上げがアフリカの貧しい人々に寄付されました。そのスローガンを意訳するなら「アメリカよ、手をつなごう」といった所でしょうか。
当然のことですが、4000キロ以上もあるアメリカ大陸には砂漠のような荒地もあるわけで、実際のところ列の間隙はロープで埋められていた箇所もあったようです。またその盛り上がりに比べると寄付金の総額も芳しくなく、最終的に集まった約34万ドルのうち、実際の寄付に回ったのは運営コストを差し引いた15万ドル程度であったといいます。
このように数々の疑問点を残したHands Across Americaの成否に冠して、仕掛け人であるKen Kragenは以下のようにコメントしています。
"Nothing like this had been tried before, and I think that's what made it so great," 「こうした運動は過去に試みられたことがなく、だからこそとても素晴らしいものなんだ」
確かにプロジェクトが一定の成果を上げたことは事実でしょう。やらない善よりやる偽善、人々の意識を高めることもまた慈善運動の価値です。それでも貧困を救う運動が、その成果ではなく運動の”Great”さをもって振り返られるというのは、いささか楽天的でデリカシーを欠いた発言だとはいえないでしょうか。
『Us/アス』では、Hands Across Americaが"The Tethered"によりグロテスクな形でこの現代に再演されます。
ところで"Hands Across America"が行われた1986年、アメリカはロナルド・レーガン政権下にありました。
1981年から1989年の間、大統領を務めたレーガンは、「強いアメリカ」の復活を図ってソ連との間で軍拡競争を繰り広げました。その結果、冷戦終結への道筋を立てたことが評価されています。その一方で、規制緩和や社会福祉費の削減による「レーガノミクス」は所得格差を拡大し、財政と貿易の双方で赤字をもたらしました。また彼が大統領選挙演説で掲げた"Make America Great Again."のスローガンが、2016年アメリカ大統領選でドナルド・トランプに引用されたことは記憶に新しいかと思います。
これらの時代背景を踏まえれば、"The Tethered"のリーダー"レッド"の先の答えがレーガンからの引用であることはほぼ間違いありません。
Ronald Reagan We Are Americans
多様な人種や文化を擁する民主主義国家アメリカをThe United Statesたらしめるもの。それは人々を団結させ、動員しうるほどに力強い理想主義にほかなりません。しかしその理想主義の裏側では、現実の困難が解決されぬまま見過ごされている。リーマンショック以降の格差拡大、蔓延するイスラモフォビア。非現実的な政策を次々と打ち出すトランプ政権下、その混乱はますます深まっていくばかりである。レーガンやトランプが掲げた"Make America Great Again."という理想主義と、Ken Kragenが"Hands Across America"を"Great"と自己評価した楽観主義。その二つは表裏一体、互いが互いのドッペルゲンガーをなしています。
民主主義の根幹は不揃いの個人であり、そのプロセスは絶え間ない調整の連続である。その意識を欠いた理想はただの楽観と化し、そして個々の魂を欠いた団結は、疎外された者たちとの間にさらなる分断を生み出していく。『Us/アス』が"Hands Across America"とドッペルゲンガーというモチーフから描き出したのは、アメリカという国が患う理想主義的楽観主義の病なのです。
「絆」に繋がれた日本の私たち
ともすればこの種のメッセージは空疎に響いてしまうものですが、あくまでそれを具体的な映像イメージとして提示し、ホラーの居心地の悪さそのままに魅せたことに、ジョーダン・ピールの映画作家としての卓越した手腕があります。
『Us/アス』の日本公開はまだ先のことですが、日本の観客は本作をどのように受け止めるでしょうか。アメリカのことはアメリカに。本作を単なる娯楽作として楽しむこともできるでしょう。しかしそこに描かれるアメリカの姿は決して私たちと無縁ではありません。なぜなら日本社会もまた、「絆」という同じ病理を抱えているからです。
漫画やアニメにJ-POP、あるいは災害の復興運動のスローガン。「絆」という言葉は「人の人との精神的な結びつき」の意味合いで、現代日本の至る所に用いられています。時の為政者もまた、自身の外交成果を幾度となく「絆」という言葉で表現してきました。
首相「日米同盟の絆、大きな資産」 米議員団と面会 - 産経ニュース
しかしながら「絆」の本来の意味は「動物を繋ぎとめておく綱」であり、「絆(ほだ)される」という言葉があるようにそのニュアンスはネガティブなものです。またそのような情緒的な連帯は同調圧力を生み、しいては「日本を、取り戻す」といったスローガンに表されるような、国粋主義へとスライドしうる危うさを秘めている。「絆」の氾濫とは、いわば日本における"Hands Across America"であり、"Make America Great Again."の発露と言えます。そのことに果たしてどれだけの日本人が気づいているでしょうか。
最後に、"The Tethered"とは地下よりやってきた「縛られた者たち」であり、その名前は英語の動詞tether(繋ぐ)に由来します。tetherは元々は名詞であり、その意味は「動物をつなぎとめておくロープ・鎖」「限界」です。私たちをつなぎ留め、あるいは束縛するものを自覚するために。私たちは『Us/アス』の描き出す自身のグロテスクな似姿と真っ向から対峙しなければなりません。
US Super Bowl Trailer (2019) Horror Movie HD
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『Us』 Directors:Jordan Peele Stars: Lupita Nyong'o, Winston Duke, Shahadi Wright Joseph, Evan Alex Production Co:Monkey Pow Production
Images and quotes are cited from below: https://www.imdb.com/title/tt6857112/?ref_=nv_sr_1 https://calendar.songfacts.com/may/25/17694 https://www.latimes.com/visuals/framework/la-me-fw-archives-hands-across-america-2-20170906-story.html