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『メリエスの素晴らしき映画魔術』『月世界旅行(彩色版)』感想


 SFXの祖と言われる創生期の映画作家ジョルジュ・メリエス。彼の代表作である『月世界旅行』の彩色版フィルム映像が、ついに最先端のデジタル技術と職人たちの力によって復元された。今なお人々を魅了し続けるこのフィルムの秘密とその復元作業の過程に迫るドキュメンタリー作品。


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 ジョルジュ・メリエスは、リュミエール兄弟がパリのグラン・カフェで開いた世界初のシネマトグラフ上映会の観客の一人でした。メリエスはマジシャンとしてシネマトグラフに可能性を見出し、リュミエール兄弟にシネマトグラフを買い取りたいともちかけました。彼ら兄弟がその申し出を断ると、メリエスはツテを通じて独自にシネマトグラフの機材を製作し、以後それらの機材で精力的に映画を撮り続けていくのです。

 ストップモーションや置換トリックといった驚きに満ちた映像トリック、壮大で幻想的な舞台装置。当時の映画が現実の風景やたわいもない寸劇を映すばかりである中、独創性に溢れるメリエスの作品は大変な人気を博しました。しかも驚くべきことに彼は脚本・主演・舞台装置の設計をすべて自身で行っているのです。彼は次々と作品を世に送り出し、やがてスター・フィルムという映画製作配給会社を設立するまでに至ります。
 しかし機材の発達や映画文法の発明により映画のモードが変化していくと、観客にとって彼の作品は次第に古くさいものとして受け取られるようになっていきました。海賊版の横行等の要因もあいまってスター・フィルムは倒産、メリエスの映画人生はわずか十六年でその幕を閉じました。晩年の彼は、パリのモンパルナス駅のキヨスクでおもちゃ売りをする日々を過ごしていたそうです。
 後にメリエスの作品は映画愛好家たちによって再評価され、彼のフィルムは積極的に救い出されることとなります。しかし実際に彼が再開できたのはほんのわずかであり、その後程なくしてメリエスは他界しました。現在では、彼の製作した500本以上の作品のうち100本程度が収集されており、これ以上に新たなフィルムが見つかる可能性はほぼ皆無であると云われています。

 残存する数少ないフィルムの中で最も有名なのが『月世界旅行』です。メリエスの存在を知らなくても、人の顔をした月の表面にロケットが突き刺さる、あの場面を知っている方は多いことでしょう。ジュール・ヴェルヌの空想小説に着想を得たこのフィルムは、まだ月が前人未踏の地であった当時に月への探検を描いており、幻想的で異国情緒な魅力に満ち溢れています。
 また十数分という当時としては長大な尺をもつことも本作の特筆すべき点で、断片的な映像ではなく複数のシーンが繋ぎ合わされることで、彼の映画はひとまとまりの物語を語り始めています。劇映画すなわちフィクションとしての映画が誕生する基盤をメリエスは築いたのです。
 最近ではマーティン・スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』が彼を題材にしたことから、日本でもメリエスの存在が少なからず広まっています。もっともスコセッシの映画がやや感傷的過ぎることはさておくとしても、メリエスの作品が今も愛され続けているに足る理由は実際の映像を見れば誰もが納得するかと思います。

 豊かな想像力でスクリーンに構築された箱庭的な世界、その中にお祭り騒ぎのごとく駆け回る役者たち。力強い作家性と普遍的なエンターテイメント性がメリエスの作品には共存しています。それこそが私達がジョルジュ・メリエスの作品に見出す魅力なのではないでしょうか。


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 今回の『メリエスの素晴らしき映画魔術』は、上記のようなメリエスの生涯と『月世界旅行』の彩色版フィルムの復元を巡るドキュメンタリー映画です。主に本作の前半ではメリエスの生涯に、後半では『月世界旅行』の修復作業に焦点が当てられており、前半と後半で語られる内容の比重がほぼ半々なのを除けばオーソドックスな構成です。当時の記録映像や映画作品が数多く使用されているために、時代背景が直感的に把握しやすい内容となっています。
 インタビューにはシネマテーク・フランセーズの理事長をはじめ、『僕らのミライへ逆回転』のミシェル・ゴンドリー監督や『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ、さらには『アポロ13』のトム・ハンクスといった「映画」や「月」にまつわる人物が出演します。この人選を見るだけでも、メリエスがいかなるタイプの映画作家であるかは想像に難くありません。また後半では、フィルムの保存と救出を巡っての後世の人々の奮闘が中心となります。本来は手描きで彩色されていた映像がデジタル技術を介して復元されていく様を通じて、テクノロジーの産物としての映画に触れることができます。

 総評としては、本作はジョルジュ・メリエスという人物の概略を把握するのに相応しい作品であると思います。なのでメリエスについて興味を抱いている方はぜひ、以下の順に作品を追っていくことをオススメします。すなわち、『月世界旅行(白黒版)』を始めとする彼の諸作品→『ヒューゴ〜』→『メリエスの素晴らしき映画魔術』&『月世界旅行(彩色版)』→『魔術師メリエス』(メリエスの孫による伝記)という順番です。実作品→一般的な彼の人物像→映画史上の彼の位置づけ→詳細な伝記……という流れを通すことで、彼についての理解がより深まるのではないかと思います。

 ちなみに個人的に一番印象に残ったのは、途中で何度か挿入されるパリの街を馬車(自動車?)の上から撮ったであろう記録映像でした。このような移動する乗り物上からの映像は「ファントムライド」と呼ばれ、初期映画に数多く見られるものです。本作の映像では、子どもたちが馬車を追って走り回る姿が映りこんでいて素朴な味わいがあります。
 しかし映画がフィルム修復作業のくだりに近づき、この映像が数回目に挿入された時異変は起こります。突如スクリーンの映像に歪みやぼやけ、さらには欠損が発生し、映像が見えなくなってしまうのです。

 無論、これははじめから意図された演出であり、劣化したフィルムが実際にどうなるのかを示すために挿入された映像に過ぎません。けれどもフィルム保存の重要性を観客に伝える上でこの演出は非常に効果的だと思いました。映像自体が止まってしまうというアクシデントによる恐怖だけではありません。そこに映されているのは、スクリーンの上を流れる映像が物質に還元されていく瞬間であり、一度損なわれてしまえば二度と取り返しのつかないというフィルムの脆弱さそのものなのです。

 他にも、加水分解したフィルムの見た目が思った以上に変質するものなのだと知り驚きました。オレンジに変色して癒着してしまったその有り様に、フィルムがナマモノであることを痛切に感じました。


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 ドキュメンタリーが終わると、実際に復元された『月世界旅行(彩色版)』が上映されました。内容自体についての感想は、過去のエントリーで白黒版について書いた内容とさほど変わらないので省略します。

 肝心のカラー映像ですが、直接フィルムの上に彩色するという当時の技法をデジタル処理で再現しているのですが、赤や緑や青といった色彩はいくぶんサイケな印象となっています。
 それはそれで独特の妙味を醸し出しているので良いと思います。ただこの塗り方の影響なのかはわかりませんが、映像全体に滑らかさが増しているような気がしました。個人的には初期映画特有のちゃきちゃき感のある動きが好きなのでそこだけは残念です。

 あと今回の彩色版につけられたAirの音楽にははじめ度肝を抜かれました。しかしよくよく考えると、サイレント映画によく付け足されがちな(あくまで偏見ですが)あの軽快なピアノ音楽はドキュメンタリーの時点で流れまくっていたので、今では「まぁこういうのも良い」という気になってます。

月世界旅行』をSF映画として観るならば、この選曲は悪くないかと思います。



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