鬼才・園子温監督もDJとしては二流である――『TOKYO TRIBE』評
トーキョー各区を牛耳る徒党(トライブ)。その抗争を描く本作は世界初の「バトル・ラップ・ミュージカル」である。現代版『ウエストサイド物語』であるかと思いきや、『マッドマックス2』『時計じかけのオレンジ』『キル・ビル』の要素もある怪作だ。
何よりその猥雑奔放なエネルギーに圧倒される。落書きやネオン、屋台に客引き。汚らしさとけばけばしさで誇張されたトーキョーの街々。暴力と性にまみれたその場所を無法者どもが跋扈する。演じるのも、竹内力、鈴木亮介、叶姉妹、窪塚洋介、中川翔子、等々。個性派キャストばかりである。
では肝心のラップはどうか。本職ラッパーによるラップは流石だといえよう。発声と発音は聞き取りやすくリズムも歯切れよい。また台詞兼歌詞に字幕がついており言葉遊びの妙を堪能できる。しかしその一方で、俳優陣によるラップには力量不足が明らかだ。
第一、ラップの挿入の仕方それ自体から漫然とした印象を拭えない。たとえば徒党間でのラップの競い合いやラップとアクションの融合等も可能であろう。ところが二つはバラバラで必然性がない。もはや映画がラップに歌わされているといった具合なので、ついこちらも呆然となってしまう。
何故ミュージカルでは誰もが皆セリフをメロディに乗せて歌うのか。無論それは「そういうもの」だからだが、一方で物語・演技・音楽の同調が明快な盛り上がりを生むといった側面もあるだろう。ミュージカルである以上本作も例外ではなく、そのために何かしらの劇的構成の一貫や統一は必要だ。
荒唐無稽な世界観、極端なキャラクター、そして唐突なラップ。映画全体を通したリズムがあってはじめて観客はそれらにノッていける。そのためには、場面場面の勢い以上に全体のコントロールが、すなわち観客の雰囲気を読むDJとしての冷静さが不可欠である。
この内容を押し通した園子温監督のパワーには恐れ入る。だがそれは結局『地獄でなぜ悪い』同様、不恰好を不恰好のまま良しとする態度にほかならない。それは彼が紛うことなき映画監督の証であるが、この映画にとってはマイナスである。
※ 『キネマ旬報』2014年10月下旬号 「読者の映画評」1次選考通過原稿を改稿
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