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年女三人のゆるやかなシスターフッド――近藤ようこ『ルームメイツ』全4巻感想

還暦を迎えた三人の女性が一つ屋根の下で共同生活を始める本作『ルームメイツ』には、日本社会で女性が女性として生きることの困難と、終わりの時を見据えながらも等身大の自分を生きようとする人々の人生模様があった。約30年も前の漫画でありながら、そこに描かれた人の心の機微は決して古びることなく今日の読者を惹きつけてやまない。

待子、時世、ミハル。戦後の風景を生きた彼女達にとって、社会から期待される「女」や「母」の在り方、今の言葉で言うジェンダーロールは当たり前のものとして存在した。三人の共同生活はそこから距離を置き、己の人生を見つめ直す機会であったのだろう。待子は専業主婦を辞めて夫の下を離れ、新しく始めたヘルパーの仕事ではじめて人に感謝されるようになった。独身のまま教師を定年退職した時世は、余生を添い遂げたいと思える男性と再会した。妾の身分を貫き通してきた芸者のミハルは、待子や時世をはじめ周囲の人々に親愛の情を注いだ。とはいえ新しい生活は明るいことばかりでもない。世間体を気にする息子夫婦や親戚に文句を言われたり、自分が半端者に思えて眠れぬ夜を過ごす時もあった。

従うにせよそこからはみ出すにせよジェンダーロールは自分のあるべき姿や、あり得たかもしれない幸福のビジョンとなって呪いのごとく人生につきまとう。それらを簡単に割り切れるほどに人の思いは単純でなく、故に本作では誰の人生も否定されない。女として三者三様に ”失敗”した彼女達の人生。喜びも悲哀もありのままに、その時々に彼女達が抱いた逡巡と決断がただ受け止められるようにして描かれていた。

本作が連載されたのは1991年から1996年。小学校の同窓会で再会した年女三人がマンション暮らしを始める第一話は次のやりとりで締め括られる。

ミハル「ねえ、時ちゃん、待子ちゃん。あたしたちって「家族」かしら。」
時世「わからないけど……新しい「家庭」かもね。」
待子「そうよ!きっと家族よ!」 

翻って今日、2021年は抵抗と運動の時代である。近年のBlack Lives MatterやMeToo運動の隆盛に見られるように、現代社会に存在する差別や格差、抑圧はSNSをはじめメディアによってより一層可視化されるようになった。それまで個人の体験として片づけられてきた事柄が言語化されて広くシェアされるSNS時代。本作『ルームメイツ』はそれ以前、社会的抑圧をその身一つで受けてきた人々の個人史でもある。フェミニズムのような共通言語を持たなかったであろう三人は、自らの生活実感と決断により家族を選び直した。

彼女達三人が結んだ関係性とは言うなれば、抵抗と運動に至る以前の言葉を持たない連帯であり、ゆるやかなシスターフッドであるのだと思う。

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https://www.mangaz.com/book/detail/127351