タケイブログ

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ジョルジュ・メリエス『月世界旅行』

 物語は科学者たちのケンケンガクガクの会議模様に始まる。整備を終えた大砲型のロケットに乗り込んだ科学者たちは、人々から盛大に見送られて地球を出発する。猛スピードで発射されたロケットがあばた顔の月に突き刺さる(ポンキッキで使われた有名なシーンだ)。そして月に到着し、めくるめく冒険を繰り広げる。SFXの開祖と呼ばれるジョルジュ・メリエスの代表作『月世界旅行』は、想像していた以上に楽しい作品だった。

 本作はジュール・ヴェルヌの同名作を原作としている。その内容は大幅に簡略化されていて長さは14分程だ。現在の感覚からすれば短く思えるけれど、映画が誕生してから10年にも満たない当時としては長尺の作品である。そもそもいくつものシーンが一つの映画の中にあり、物語が存在すること自体が珍しかったらしい。メリエスはこの14分の中にありったけの想像力を注ぎ込んでいる。月から見た空に浮かぶ地球、女神の如く擬人化された星々や惑星、地底に棲息する急速に成長するキノコ、迫り来る月世界人の軍団、等々。次々と飛び出すビジョンには胸が踊る。おそらく背景は舞台の書き割りのようなもので、大胆かつ丁寧に作られている。
 なお1902年の作品だけあって、映画の文法はまだほとんど成立していない。ほぼシークエンス・ショットで、客席から舞台にカメラを向けたようロングの画面が連続する。その一方でトリック撮影がふんだんに用いられている。ロケットの月への到着、月世界人を倒した時の爆発、画面から別の画面へと移り変わるディゾルブの効果等。編集によるトリックは、秒間16フレームのせかせかとした映像と相まって作品におかしみを与えている。
 これらは今みるとたわいもないもので、当然ながらリアルさからは程遠い。今の観客が本作に感じる興奮は、ともすれば単なる「古き良き冒険SF」へのノスタルジーになりがちかもしれない。当時の人々はこれを新鮮な驚きをもって観たのだろうか。そう思うととても羨ましい。

 マジシャンであり、劇場経営者でもあったメリエス。彼はトリック撮影によって空想の世界を映像化し、そして物語のある映画をはじめて世に送り出した。このことから彼はフィクション(劇映画)の祖とも言われる。シネマトグラフを発明したリュミエール兄弟の最初の作品『列車の到着(1895)』がドキュメンタリー(記録映画)の祖とされるのとは対照的だ。本作の他にも『ガリバー旅行記』等、破産に至るまでメリエスは作品を作り続けた。メリエスは何よりも「見せ物」としての映画に惚れ込んだろう。誕生して間もない映画と戯れながら彼はアイデアを生み出し、その溢れるイメージを次々とフィルムに焼き付けていった。
 物語のフォーマットも完成し、映像技術も洗練されている現代の作品にはない躍動感が本作にはある。豪華で幻想的なその創造力は秒間16フレームの映像に満ち満ちていて、今にも溢れ出さんばかりだ。

 今回、自分はレーザーディスクで本作を観たのだけど、いまいち画質が良くなかった。現在、本作は著作権切れのためにインターネット視聴が可能だとのことらしい。上のyoutubeにアップロードされたものを観るのをオススメする。